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雀庵のブログ

2024.09.09

南海トラフ地震と東名高速道路、問題と対策について

【始めに:静岡県の立ち位置 (南海トラフ地震と東名高速道路)】

 第一東名高速道路と第二東名高速道路が県の東西を横断する静岡県は、高速道路の重要県である。
東京都世田谷区の東京ICを起点とし、愛知県小牧市の小牧ICを終点とする路線延長距離346.7kmの第一東名高速道路(正式名称は第一東海自動車道)の建設は、高速自動車国道法及び国土開発幹線自動車道建設法に基づいている(1966年以前の根拠法令は東海道幹線自動車国道建設法)。整備に至る計画は既に戦前に有り、1940年の弾丸道路計画(内務省)に遡ることができる。当時、高速道の整備位置に複数案があり、名神高速道の事業化先行や中央道の法的整備が先に施行されこと等に拠り、思うように整備は進まない状況であった。しかし、当時の国道1号線の渋滞の恒常化が進み、高速道整備が喫緊の問題となった1960年に東海道幹線自動車国道建設法が成立する(この成立に尽力したのが、裾野市の出身で旧沼津中学校(現在の沼津東高等学校)・旧制第一高校・東京帝国大学(現在の東京大学)を卒業し、官僚を経て代議士となり後に建設大臣となった故遠藤三郎氏である)。
 その後も多くの難題を抱え、事業は迅速には具体化しなかったものの、紆余曲折を経て現在の第一東名高速道路は1968年に開通し、日本一交通量の多い高速国道となっている。
現在は、第二東名高速道路(正式名称は第二東海自動車道)も計画の90%が開通し、二度の延期を経たものの全面開通は2027年を予定し、第一東名との相互補完機能が期待される。
また、高速道路の重要県として静岡県内のインターチェンジ数は、第一東名で16箇所、スマートインターチェンジは9箇所、第2東名でインターチェンジは11箇所、スマートインターチェンジは7箇所(供用開始前を含む)が設置されている。
 このような高速道路の整備は、人や物資の移動をスムーズに行い、日本経済の発展に寄与し且つ都市間の格差を平準化すること、災害時の緊急輸送路としての使用等々の多くの目的を持ち、結果として現在も正に交通の大動脈として、国土に大きな貢献を果たしているものである。その中で、静岡県は第一東名高速道路・第二東名高速道路の総延長距離のうち50%・64%を占める県であり、東京圏と名古屋圏を単に結ぶことに留まらない日本の大動脈の結節県となっている。
 また別の視点から静岡県を眺めると、東海地震・駿河湾地震などの名で半世紀ほど以前から大きな地震の発生を危惧された県であり、現在は南海トラフ地震(南海トラフの東側で周期的に発生する海溝型地震)で、5つに区分される震源域のエリア(セグメント)の「D(遠州灘沖)とE(駿河湾沖)」に該当する「地震要注意の県」でもある。
 今回は、この静岡県の東部地域に着目して「東名高速道(第一と第二を含めて)と、地震を中心とした災害について考察」し、一つの対策を検討してみたいと思う。

【地震発生、そのとき高速道路は】

 我が国は地震国である。1923年の関東大震災では190万人が被災し10万5000人の死者を生んでいる。最近では1995年に阪神淡路大震災が発生し6434人が犠牲となり、2011年には東日本大震災にて死者・行方不明者は2万2318人に上る。更には、本年元日に発生した能登半島地震でも大きな被害が出ており、続いて8月8日には日向灘を震源とする最大震度6弱の地震も宮崎県で発生している。この宮崎県の日向灘沖の地震は南海トラフのセグメント(エリア)「A」に近いこともあり、大規模な地震へ繋がる怖れが「無いことではない」として「大規模地震注意」を気象庁は発表した(8月15日解除)。将来的にはマグニチュード9クラスの「南海トラフ地震」が発生すると危惧されており、その発生確率は30年以内で70~80%とされている(国土交通白書2020)。被害想定(内閣府試算)は悲惨なものであり、被災者総数6800万人(総人口の半数以上)、死者予想33万人、建物の全壊及び焼失は238万棟、津波の最大高さは34mに達し、浸水面積は約1000平方キロメートル(海岸線から2.5kmまで到達とすると仮定すると東京-大阪間の直線距離の約400kmが浸水)、避難民は最悪のケースで900万人超と、甚大・膨大なものである。
東日本大地震と比しても被害が圧倒的に大きくなるのは、人口の密集度が違うことが一番であるが、マグニチュードの比較でも東日本大地震の「9.0」に対して、南海トラフ地震は「9.1」と想定され、マグニチュードは「0.1の違いで1.413倍」の地震エネルギーが増えることにも拠る。経済損失で、東日本大地震は約20兆円(GDP比で3%程度)とされるが、南海トラフ地震では10倍の220兆円(GDP比で約30%)である。
 間違いなく、一度「日本は壊滅的な状況」に陥るのである。

 静岡県は当初「東海地震」として日本中の耳目を集めた県である。東海地震は1969年に東京大学教授である茂木清夫氏が、遠州灘での大地震の可能性を指摘したのが始まりであるが、1976年に羽鳥徳太郎氏(東京大学地震研究所)の研究、石橋克彦氏(同研究所)が発表した「駿河湾地震説」が唱えられたことに拠る。これ等の研究や説の根拠は複数あるものの、一つは、過去に「この地(静岡県)」で発生した地震からの経過年数である。富士山の噴火を併発した1707年の宝永地震(マグニチュード8.6推定)、1854年の安政東海地震(マグニチュード8.4推定)や、それ以前の大地震との時間的間隔が「いま発生しても不思議でない」と推測されることからである。静岡県は半世紀前から大きな地震の発生可能性が高いとされ、結果として地震保険の料率が高い。地震保険は戦時下の1944年に「戦時特殊損害保険法」として期間を限定した上で法制化されたものの、現在に続く地震保険は1964年の新潟地震を切っ掛けとし、1966年に施行・認可されたものである。1966年当時の保険料率は東京都の墨田・江東・荒川の3区と横浜・川崎市の一部が一番高く、静岡県は2番目に高い地域に属したものの、この東海地震の危惧が取り上げられて以降から現在に至るまで一番保険料が高い地域に指定されている。しかし静岡県では伊豆半島にて比較的に大きな地震があったものの大地震には至っておらず、その後の大地震発生は他県で発生していること・保険料が高いことを理由に、現在も地震保険の付帯率・加入率ともに高くなく、全国平均を何れも下回っている。今後、加入率が高く推移するに越したことはないものの、南海トラフ地震が発生し前述の想定どおりの被害が発生した場合に、保険会社が対応しきれるかも素人ながら心配である。
 地震は文字通り「地が震える」ものであり、これに拠り建物等の倒壊、火災の発生、津波の襲来、東日本大震災では原子力発電所のメルトダウンまで引き起こすことになり、結果として、多くの死者や負傷者を生み財産を消失させるものである。実際の被害は、地震の発生時間や被災時に何処に居るかに拠って、生存率・被害率に違いが出てくる。
静岡県を例にすると、南海トラフ地震の現在の予想では西部地域で最大震度7であり、中部地域で震度6強、東部地域で震度6弱から5強とされる。最大震度予想とはいえ大きな被害が容易に想像できる。県西部地域での予想最大震度7は、気象庁が定める震度10段階中の最大であり、耐震性の高い鉄筋コンクリート造の建物さえも倒壊する想定である。
 あくまで予想であり、何処で発生し何処の被害が最大になるかは不明とは言え、本紙は南海トラフ地震が発生した場合に、総花的な被災・被害についての考察ではなく、「高速道路を走行中の車両が如何なる状況に陥るか」、また「事後の対応の為に何が出来るか」を考察するものである。
 一つの想定として、静岡県東部地域の山間部を考えた場合、南海トラフ地震の国の想定震源地より多少離れた場所となり、想定される震度も多少抑えられたものとなるものの、周辺地に甚大な被害が発生する可能性は高いものがある。
 以前、御殿場の古老に「御厨(みくりや、御殿場市周辺を指す古い言葉)の七里岩」という言葉を聞いたことがある。御殿場市から裾野市側に向かって強固な岩盤が地下にあり、地震には比較的に強いという趣旨の話であった。七里岩と言うと山梨県の峡北地方のものが有名であるが、御殿場周辺に本当に七里岩があり地震に強いかどうかは不明である。但し、東部地域は南海トラフ地震の最大震度予想では震度6弱から5強であることから、気象庁の震度階級関連解説表に拠る建物倒壊については「震度6弱で木造家屋が倒れるものもある」となっている。大方の建物が倒壊はしていない被害想定とは言え、大変な状況であることに変わりはなく、また予想震度であることから実際の揺れは更に大きくなる可能性もある。

 その時、東名高速道路を走行中の車について考察する。南海トラフ地震が発生した際は、前述のとおり甚大な被害発生が想定されている。この膨大な被害に対して、その減災対策は国・県等で多範囲・多種に亘り検討されている。その中で、後述するものの高速道等で走行する膨大な数の車両に対する対応策は、実際のところ少ないのが現状である。一例として静岡県東部の山間部を走行中の車両に絞って考察することは、優先順位は最優先ではないかもしれないものの、検討の余地はある筈である。
 国土交通省の2023年データでは、静岡県の第一東名と第二東名の一日当たりの走行車両総数は約10万台とされる。定点(静岡県内東部断面エリア(裾野市辺り))で、1時間当たりの平均でも約5000台の車両が走行していると発表されている。ある日、南海トラフ地震が発生し、それだけの走行車両が静岡県東部地域にて震度6弱の地震に、浜松方面から東上する車両は震度7の揺れに直面する。
 現在、高速道路は震度5弱(計測震度4.5)を観測すると「通行止め」とすると決められており、静岡県東部の山間部を含めて、この震度を上回ると予想されることから東名高速道路はほぼ全区間に亘って通行止めが実施されることになる。この措置は、走行の安全性を確保する為に高速道の点検を行うことを目的として定められたものであるが、周辺各地で大きな揺れに拠る被害が発生した場合、緊急車両や救助・援助車両の通行を最優先する為のものでもあり、適切なものであると言える。
通行止めとなると、各インターチェンジから新たな流入は不可となるとともに、現在、高速道を走行中の車両は「次のインターチェンジで降りて下さい」というアナウンスが示される。通行止めとなったのであるから高速道から降りるのは正しい行為だとしても、果たして「降りてから」についての想定は如何なるのであろうか。
 東日本大震災の後に、仙台市に本社を置く河北新報社や東北大学災害科学国際研究所が、地震発生時に高速道路走行中であったドライバーにアンケートを行っているが、主な回答を次に二つ記す。

  1. 通行止め・高速道を降りろとの掲示を確認しつつも、目的地近くまで走行したいという思いから走行を続けたが、実際に何処まで走行可能か分からずに非常に困惑した。
  2. 高速道を降りろと指示が出ていたが、降りた後の具体的な行動指示が無く困惑した。

回答の1の場合、指示に従わず走行を続けた場合、走行方向が更なる甚大な被害を被っていたならば、大変危険な行為となり得る。また、回答2のように指示に従い高速道を降りても、一般道の状況が如何であるかをドライバーは知る由も無い。そもそも高規格の高速道路より一般道路は被害が少ないと言えるのであろうか。
一般道は家屋が立ち並ぶ道路であり、建物倒壊・火災が予想され、大きな渋滞も発生する可能性が非常に高く、充分な情報も得られないと予想できるなかで、対処の仕様が無いことが容易に想像できる。実際に能登半島地震の際も停電に拠りテレビは使えず、場所に拠っては携帯の使用も叶わない時間が続いた。ラジオからの情報も、津波避難と各地の震度や全般の被害状況の報道がほとんどで、避難についての具体的な情報は得られない時間が長い、または不可能なことを覚悟せざるを得ない。
 静岡県東部地域の山間部を走行中の車両も、東日本大震災時のアンケート回答者と同様に対応策が無く、そのまま帰宅困難者や被災民となり得るのである。
ネクスコ中日本が公表する「高速道路上で大地震に遭遇した場合の対応措置」としては、次のとおりとなっている。

  • 急ハンドル・急ブレーキを避けて、道路の左側に車を停止させる

  • カーラジオ等で情報の収集を行う

  • 警察・高速道路会社からの情報・案内、ラジオ等からの公共機関の情報に従い慎重に行動する

正しい指示である。しかし、実際に大地震に遭遇したと想像した時、通行止めとなった高速道路上で、この指示だけで運転者や同乗者の生命を守る行動へ移ることは可能であろうか。
 我が国では、中央防災会議が設置され、南海トラフ地震に対する防災対策が真剣に練られており、平成24年の時点で、静岡県を始めとする9県の知事も政策提言書として国に多くの要望や提案を行っている。しかし、防災・減災の対策として具体化するものも増えているものの(ここでは詳細に触れないが、興味のある方は令和3年5月に中央防災会議が発表している「南海トラフ地震防災対策推進基本計画」等を参照下さい)、筆者が調べる限り、高速道を走行中の車両で地震に遭遇したケースで、通行止め措置に従い高速道路を降りた後の「具体的な対応策」は確認出来ていない。
 国土交通省が熊本地震(2016年4月)を受けて作成した資料がある。
2016年11月に社会資本整備審議会道路分科会にて作成した「災害時の通行可能な道路の確保と情報の取扱」なる資料である。これを要約する。
災害後を3つのフェーズ(段階)に分け、フェーズ1では「救出救助」を目的とし、フェーズ2では「緊急物資輸送」、フェーズ3で「一般車両通行」を目指すものである。当然の段階設定である。しかし、熊本地震直後の状況も分析され「道路状況の把握が困難であった」とし、情報収集の困難さが確認されたのも事実である。これは、確認手段である現状道路状況把握の為の光ケーブルが地震で切断されたこと、そもそも「地震後の現状の確認に道路管理者に拠るパトロール点検しか術が無かった」こと、「他機関との情報共有ルールがなく統一した情報を得られるシステムが当初より無かったこと」を語っている。また今後の策として、事前に想定される被災箇所を落とした道路マップを用意し、パトロールとITを活用した情報収集を行い取り纏めて「共有」するとした。但し、共有した被災箇所や通行可能道路の情報は当初「非公開」とされる。通行可能な道路のマップ公開は「被災から7日後」とし、そこで初めて一般道路利用者が通行可能な道路の情報を知ることが出来るというものである。これは、人名救助と支援物資配送を最優先し、通行可能な道路に一般車両が流入し、救助・援助が滞ることを避けるものであり、当然のものと言える。
しかし、一般車両が平時の理由で又は緊急と思われない利用での通行を制限することは必要であっても、この3つのフェーズには、高速道路上を車両走行中に被災し、通行止めとなった高速道路から降りた「言わば被災民」に対する想定は全く入っていない。被災民である帰宅困難車両(者)は、あくまでフェーズ3として「7日間」通行可能な道路の情報も無く彷徨うことになるのであろうか。
 8月の宮崎県沖の地震で「巨大地震注意」が発表されたが、発表後の行動指針も明確なものではなかった。実際、海水浴場が閉鎖された箇所もあり、新幹線も徐行運転を実施する等の対応が為された部分もあるものの、一段上の「巨大地震警報」であっても国としての統一された対応策は非常に微妙なものでしかない。
南海トラフ地震を想定する巨大地震注意にあっては、国は事前に指定する29都道府県(茨城から沖縄)の707市町村に対して、「日頃の備えの確認と非難準備を呼びかけるもの」である。巨大地震警戒に至ると、14都県(千葉から鹿児島)の139市町村の沿岸エリアの住民に対して「1週間の事前避難」を求めることになる。この139市町村の避難対象者数について内閣府は把握出来ていない。また「避難の呼びかけ自体に強制力はなく各自治体の判断」であり、鉄道や高速道等の交通機関の対応も「原則事業者」に委ねられる。南海トラフに近い原発に至っても「一律の対応基準は無い」のである。
 このように国は巨大地震の発生に対して、対策や準備を呼びかけているものであるが、実際には対策の詳細については決まっていないのが現実である。

【提言-高速道路に近接する大規模避難施設の設置-】

 前述したとおり、静岡県では第一東名・第二高速道路で1日当り10万台前後の車両が通行し、定点資料でも1時間当たり5000台の車が走行している。平時の走行時の制限速度は80km/hから120km/hであることから、車両は1時間で約100km程度の距離を移動している計算となる。某日の或る時間に南海トラフ地震が発生し、想定どおりの震度を静岡県東部の山間部で記録したとする。東名高速道路は規定どおりに通行止めとなり、走行車両は全て最寄りのインターチェンジ等で降りることになる。例えば東名高速道路の駒門サービスエリア付近(スマートインターチェンジ)で大地震に遭遇した時は、そこで高速道を降りることになる。一般の道路として主要なものは国道246号線。御殿場インターチェンジや裾野インターチェンジで降りた車両を含めると、1時間程度で5000台に達する車両が、このスマートインターチェンジで降車すると、国道246号線は車両で溢れかえることとなる。一般道は問題なく走行することは不可能と考える以外に無い。5000台は、車両の長さと車間距離を足して1台当たり少な目に6m強としても、車両列の長さは計算上30kmに達する。果たして「行き場」はあるのであろうか。運転手は自宅や勤務先、配送先を目指したいと考えるかもしれないものの、一般道路も車両数の急激な増加と、可能性として建物倒壊・火災発生等で速やかな走行は困難であると考えざるを得ない。高速道路を強制的に降ろされた車両群は、国は「情報収集」をと言うものの実際は具体的な情報は全く出ず、当然に通行可能ルートの発表もなく、大渋滞の発生の中で「行き場」もなく立ち往生するしか術がない状態に陥ることとなる。
 近年、冬の北陸地方での豪雪に拠る大渋滞が複数発生している。記憶が新しいものでも、2018年2月の石川・福井県境の国道8号線は、1500台の車両が最長で16kmに亘って渋滞を起こしている。2020年12月、関越自動車道では52時間もの間、車両は渋滞で1mも動けない状態となった。2021年1月、北陸自動車道では1600台もの車両が、最大66時間に亘って缶詰となり身動きが出来なくなっている。極寒の季節にドライバーは全て「行き場の無い」道路で死を意識しながら復旧を待ち続ける事態に陥ったのである。
予想震度どおりの震度6弱で「木造家屋が倒れるものもある」程度であったとしても、間違いなく東名高速道路を降りた車両は、たちまち被災民であり帰宅困難者となるのである。

 そこで、本稿は東名高速道路の一定距離の場所、且つ高速道路に至近の高速道路の「外」に、避難車両(避難民)の為の大規模避難場所を設置することの検討を提案するものである。

 提案の前に、既存のサービスエリア(SA)やパーキングエリア(PA)の災害時の活用は如何なっているのか確認してみよう。SAやPAは、高速道路を走行中に大地震に遭遇した時に避難施設としての利用は可能なのであろうか。
高速道上で最大規模のSAは第一東名高速道路の足柄であり(駐車場面積の上下線合計は110,500㎡)、上下線の合計で1000台余の車両を停めることが出来る(大型車両を含めた駐車スペースのマス数)。
全国の高速道路3社のSA・PAは700か所程度あるが、国土交通省は令和3年3月の道路法等の改正時に、大地震等の発生時のSA・PAの利用方法を決定している。広域災害応急対策の拠点となる防災機能を有する道の駅やSA・PAの駐車場につき「防災拠点自動車駐車場」として指定する制度を導入したのである。令和4年3月時点で478か所が指定されているが、この内、高速道路上のSA・PAは146か所となる。勿論、足柄SAも選定されている。
では、この指定された「防災拠点自動車駐車場」の役割はなんであろうか。国交省道路局が発行したリーフレットには、こう記されている。「災害時に防災拠点として利用すること以外を制限」「災害時に有用な施設等の占用基準を緩和」。一つは防災拠点とすること。2つ目はSA・PA内の既存の施設を、当初の設置目的(一般通行車両の休憩等の施設)以外の災害対策施設に使用するという意味である。
これに基づき、例えばNEXCO東日本では、SA・PAの防災拠点化に際してイメージを次のように表現している。防災エリアとして「救援・援護」「進出部隊(自衛隊を対象と思われる)支援」「情報支援」の基地と位置付けるとし、更に「今後」は、高速道路利用者や地域住民の一時避難・援助物資の備蓄、航空部隊のヘリポート基地等としていくとする。素晴らしいと思う。全て必要な方針だと思う。しかしながら、NEXCO東日本の防災拠点化イメージ図を見ると、一般の避難民や高速道路走行中であった避難車両の為のスペースは、面積的にほとんど見受けられない(無い)。国や高速道路会社も「これで満足」している訳ではない筈である。スペースの問題もあり優先順位の高いものから整備せざるを得ないのであろう。
 これは、東日本大震災の経験が強く影響しているものと推測される。和歌山大学独創的研究支援プロジェクトの「高規格道路網の防災機能」を参照すると、常磐道や東北道のSA・PAが自衛隊・警察・消防隊の集結基地となったと位置づけ、独自の送電ルートを持つ高速道路上のSA・PAは、広いスペースがあり救援部隊やボランティアの基地として役立ったと評価している。この基地に全国から救援物資が届けば、そこから各地の被災地への配送は容易になってくる。しかしながら、救助や支援の基地として利用されると、やはりプライオリティとしてSA・PAは、避難車両の避難所としての役割は敷地の広さから考えても後順位となり、溢れかえると予想される車両の避難基地化には望めないと考えざるを得ない。
 その為にも、この救援・救護の基地となり得るSA・PAの近郊に、避難車両及び避難民の為の大規模避難施設を設置することの意義が出てくる筈である。

 大規模避難施設としては車両が主とした対象であることから、その広さは100,000平方メートル(30,000坪)程度を計画する。普通乗用車1台分に必要な駐車場の広さは、国土交通省の駐車場設計・施工指針によると長さ6.0メートル×幅員2.5メートルで、約4.5坪の土地が必要となる。これは普通車両を駐車するのに必要な面積として算出されたものであり、複数台が駐車し出し入れを考慮したものではないし、また大型車等は勘案されていない(東名高速道路の通行車両の2~3割が大型車である)。ここでは想定値として1台当たり最低でも平均約6坪(約20㎡)とする。この面積で単純計算上は4,000台前後の車両を受け入れることが可能である。
これを高速道のIC又はスマートICの近くに複数個所(例えば概よそ100km当たりに1か所)整備するのである。避難施設の土地面積は、整備地の現状に影響を受けることから、100,000㎡より小さくても、逆に更に広い面積でも可とする。
 面積も広大で整備費用も含めると多くの予算が必要となる。用地の確保も容易ではないであろう。しかし東名高速道路は、そもそもの整備計画時点でかなりの部分で市街地を避けて造られており、都市計画法的に言えば市街化調整区域内(または都市計画区域外)を通っている部分が多い。静岡県東部地域山間部でも同様であり、近隣に市町の所有地で未活用地があれば幸いであるが、民間の土地であっても公共の国民の罹災時のための施設であり、賃貸借を受けることでもイニシャルコストは押さえることが出来る。また土地購入の場合でも、宅地(既存宅地)は非常に少ないと考えられることから、平米単価は一般的に低く抑えられる可能性が高い。
ここに、インフラを用意する。

  • ●水

    何より必要なものは水である。
    水については地下水の利用を計画する。ソーラー発電した電気を利用して揚水設備を設け、飲料用とトイレ対策に使用する。トイレについては汚水処理として合併処理槽を地中に設置しておき、地下水を汲み上げて利用の後に汚水・雑排水となった水は、合併処理槽を経て浄化された後に、再び地下へ浸透させる方式が望まれる。これらに必要な電源はソーラー発電より得るものとする。

  • ●電気

    停電のリスクは大であるから、電気はこの広大な敷地の中にソーラー発電と蓄電池施設を設置する。

  • ●その他

    通信が断絶する可能性も高いので、通信方法の確保を目指した装置も設置する。備蓄倉庫となり得る施設も必要である。
     大規模避難施設の設置を、御殿場市周辺を例として書いているが、この地は富士山の伏流水にて地下水については豊富であるとされており、それを以て飲料水を含めた水は地下水利用とした。汚水・雑排水については合併処理槽の設置としたが、5000人~10000人を対象とする大規模処理槽を1か所の設置とするか、もう少し小さい処理槽を複数設置するか等については、技術的細目として専門家諸氏の見識に従う。

【併設すべき施設と平時の利用】

 この大規模避難施設は、高速道からの避難車両、並びにそれに限定せず近隣地域の一般被災住民にも対応して、被災者・帰宅困難者を集めることで他のメリットも生ずる。支援物資の配給にしても100人の避難場所10か所に支援物資を届けるより、1か所に1000人単位の纏まった人数が居れば効率は各段に良くなることになる。
避難所には一次避難所・二次避難所・福祉避難所の三種がある(その前に「避難場所」がある)。地震については研究が進んでいるものの、結果的には突然に発生するものであり、一時避難所の設置とその場での生活の困窮さは、報道を通じて国民の多くは理解していることと思う。二次避難所は高齢者・乳幼児・障碍のある人たちの避難施設となるが、突然発生した地震の最中に直ぐに対応できるものではない。更に福祉避難所は、障碍の程度や介護の必要性が高い高齢者が対象になるが、数は限られており地震後の当該施設への移動も難儀となる。
大地震の発生時に高速道を走行する車両には、必ず「高齢者・乳幼児・障碍のある人」は存在するのである。
 そこで、設置する大規模避難施設に含むまたは隣接する形で、併せて平常時に各地域の医療機関や社会福祉施設(特別養護老人ホームなど)の立地を進めることも必要であろう。それに拠り大規模災害時には協力を要請し、クリニックや高齢者施設に常駐する医師・看護師・介護スタッフが、罹災時でのケガ人や病人に対する対応も可能となる。医療施設や社会福祉施設は、地域圏・市町の医療や福祉の計画に基づいて設置されていくものであるが、クリニックは地域密着的に設置需要のある地域は存在し、また高齢者施設(特別養護老人ホーム等)も新たに整備しようとする需要は無くなっておらず、県・地域圏・市町にて、高速道路近隣での大規模避難施設との複合活用も立地選定に加味することは有意義であろう。このクリニックや特別養護老人ホームは、市街化調整区域であっても都市計画法の規定で整備が可能となる。
 東名高速道路の静岡県東部地域を想定して本稿は書いているものであるが、市街化調整区域とは言え決して陸の孤島の様な場所に限られていない。市街地からの距離は然程ではない地域も多いものの、宅地化が制限されるエリアであり、よって土地の確保費用も低く抑えられる。
大規模避難施設の平時の利用は後述するが、市街地からそう離れておらず市街化調整区域の優良な環境内に高齢者施設等を整備することは、平時に於いては入所者や利用者にとっても、憩いの場として活用できることになる。
東名高速道路は市街地ではなく市街化調整区域の部分が通ることが多いと記したが、アクセスが無い・極めて悪いエリアばかりではない。第二東名は第一東名に比してより郊外地域となるが、大規模避難施設の整備候補地選定時にアクセスも検討されることになる上、第一東名との間隔に拠っては両東名高速道路で共用可能な位置に1か所の避難場所を整備することも可能である。大規模避難施設と同時に、複合的にこれ等の施設を設置しておくことは、大きな補完性の確保となる。

 しかし、東名高速道の近くに大規模避難施設を造ることにクリアすべき課題も多い。
そもそも南海トラフ地震はいつ起こるか分からない。発生リスクを算定する根拠の一つは過去の大地震との時間的間隔が大きな予測ファクターである。
この発生間隔は、データ上で地震の種類に拠って異なるものであるが、海溝型地震の場合は概ね30年でリスクがあり、活断層型地震では1000年というデータもある。具体的な地域で見ると、関東地域では1703年の元禄地震や1923年の関東大震災から約200年間隔という数字が算出され、小田原近郊では約70年周期でマグニチュード7程度の地震が発生すると言われている。政府の地震調査研究推進本部地震調査委員会の発表で、南海トラフ地震については過去1400年の間で90年~150年の間隔で発生しているとする。国土交通省の「2020国土交通白書」にて、当該地域での直近の地震は1944年の昭和東南海地震・1946年の昭和南海地震であり、次の地震まで「88.2年」と予測している。1946年に88.2年を加算すると2034年。本年より10年後という直近であり、実際、南海トラフ地震の発生確率は30年以内で70~80%と発表されている。
見方に拠れば、幸いにも頻繁に発生しないという事実がある一方、近々にも大地震が発生する可能性があるという予測の狭間で、相応の費用を必要とする大規模避難施設の整備を行うか否かの判断・選択が求められるのである。
しかし、頻度は少ないとは言え「必ず発生する」大地震に対しての事前の準備は、求められる減災そのものであると考えるべきではないであろうか。
 本稿は、地震国である我が国に於いて、予測される大地震に備える為に大規模避難施設の整備を行うべきとの主張であるが、本来目的に使用されない時間が長い施設(大規模地震が発生しない期間が長い)であっても整備を行い、平時には有効利用することで「無駄な施設」にしない計画を立てることで、費用効果をある程度確保することが可能となる。
 この大規模避難施設の平時の活用として「民活」を採用する。静岡県東部の山間部であれば霊峰富士があり、愛鷹山や箱根外輪山の景観は優れた観光資源でもある。
よって、平時の広大な避難施設は、誘客施設として整備の初期費用が抑えられるキャンプ場・グランピング場となり得て、併せてレストランやホテルの誘致も可能である。これらは観光施設であると同時に、災害時に避難宿泊施設となり、ケガ人や病人の保護施設にもなりえる。また電気と水を確保することで、ホテルやレストランの厨房施設は、炊き出し等の食事の提供にも寄与する。
有事の大規模避難施設であっても、平時には広大な敷地を「森として丘として芝地として」整備し、地下水を利用した「池や小川」を作り、需要が高いグランピング施設等の観光資源として活用するのである。
これ等の施設は民間の資金を活用し整備を誘い、自然を損壊しない程度の観光施設とする。勿論、大規模災害時には避難施設として利用されることを契約・了解して貰った上での整備である。
避難施設としての事業主体は行政機関とし、平時及び災害時活用の民間事業者からは土地の賃借料を受けることで、施設全体の維持管理費用に充当することが可能となる。
 整備に際して費用関係について検討する。
有意義で必要な施設として整備を行うにしても、当然に費用に関しての検討が必要である。勿論、イニシャルコストとしての詳細な費用の算出や、整備後のランニングコストの算出、収支の予測については本稿で提示することは出来ない。
但し、大規模避難施設としての開発では、主たる工事は土木造成工事である。山林地域が想定されるが、ここでの造成費用は立木の伐採・伐根・その処理費用も含まれるものの、御殿場周辺であれば比較的平坦地が多く、用地選定時にて大規模な切土・盛土を要さない場所に整備することで、イニシャルコストは押さえることが可能である。敷地内の道路は高規格の舗装道を要さず未舗装で構わない。備蓄倉庫も被災後の一定期間にて補充可能とすれば、著しく大規模なものも不要である。汚水・雑排水処理の集中合併処理にしても、平時利用の民間施設も設置時には求められる施設であることから、開発に係る計画を個別とせず一団として計画することで、集中処理槽設置後に各民間施設が共用施設として設置負担金の形で支払うことで、回収も不可能ではない。これは発電施設・給水施設も同様であり、共用施設として負担金を民間施設に求めることが可能となる。
造成工事も車両受入れとは言え真っ平に綺麗に造成する必要はない。平時には観光資源として利用するのであるから、単純に広大な原っぱだけの土地にする必要もない。用地選定にも拠るものの、樹木も全て伐採する必要はなく自然のまま丘があり、谷があり、池があり、川がある方が魅力は増すことになる。元の土地の状況を生かし、杉・桧の林がありクヌギや楢の広葉樹が葉を繁らす場所(樹木を残すことで災害時に燃料としても利用可能となる)でこそ、イニシャルコストを抑えることに繋がり、平時利用の魅力が増すことになる。

 ランニングコストについても、民間施設側に土地の貸借として地代を得ることで、ある程度の収支が得られる可能性がある。元々の素地が山林等であれば、その地権者より行政が借り上げる際の地代に比して、造成済みで共用施設として必要な施設も整備できる土地となれば、民間施設から得る地代(本来の避難施設としての目的からも低廉にしたとしても)との間で差益が生じる。また、民間施設の建物としての固定資産税も、何もしない山林のままの税収と比すれば大きく増額され収益となる。
 次に整備にあたっての法関係について検討する。
市街化調整区域を想定していること、整備地の取得(購入・賃貸)費用を抑える為にも宅地要件の無い土地を基本とすることから、現法の許では都市計画法上「開発行為」は原則許可されない。また東名高速道路周辺の土地であり、現況は山林地目の土地が多くなると予想される。この場合は、森林法上の5条森林に指定されるエリアが多く林地開発の許可が必要になることも想定される。更には農地地目の土地も含まれる可能性がある。
まず都市計画法上の開発行為許可であるが、都市計画法第29条の開発行為許可の条文に於いて、第1項の4で「都市計画事業」の施行として行う開発行為は、知事等の許可を要さない規定があり、県または市町が定める都市計画施設の整備事業として行うことで許可不要で整備が可能となる。
または同法第34条の2にて、国または県、若しくは県市町等が加わっている事務組合等の組織が行う開発行為は、国または県との事前の協議(の成立)を以て開発行為許可があったものと見做す規定があり、これを採用する手立てもある。
森林法や農地法に於いても、東日本大震災時の復興推進の為に定められた「東日本大震災復興特別区域法」では、農林水産業の保護を疎かにするものではない法であるものの、あくまで「復興」の為の特別法であり、事前の復興計画が本法の趣旨に合う場合には農地(優良農地であっても)の転用を可能とし、森林法の林地開発の手続きも一括で処理対応するワンストップ化が認められている。この特別法は震災後の特別な制定であり「震災前の整備」にそのまま適用されるかは難しい可能性もあるものの、これに準ずる法整備も検討すべきである。
更には、平時活用での民間事業者の設備投資(ホテル等)についても、都市計画法第34条2号の観光資源の有効利用等の個別の開発行為とせずに、大規模避難施設全体の計画の中で一団としての開発手続きとすべきである。これが可能であれば民間事業者の設備投資のハードルも大きく下がることになる。
そもそもが大規模災害時の避難施設であり、国民の被害を小さくする為の必要不可欠な施設として、国の中央防災会議にても、各省庁にても、県にしても関連各所と協議し整備に必要な法整備を含めて許認可を得られるものとすべきである。

【活用の発展と副次的な効果】

 本稿の主旨は述べてきたとおりであるが、高速道に近接する大規模避難施設は、走行車両の有事の被災民の救済であるものの、大きな敷地を有する施設として有事に他の活用も可能となる。
能登半島地震の際に、元総務大臣で経済学者の竹中平蔵氏は次の発言をしている。「我が国はヘリコプター800機を有しており、これは世界でも有数である。これを有事の際は国が借上げて、ピストン輸送にて被災民の搬送。緊急物資の運搬を行うべきである」。正にご賢察である。
被災地に至る線(道路網等)が遮断されるケースでは、空からの輸送手段は有効であり大規模避難施設を一つのヘリポート基地(点)とすることで、被災地への決定的な時間短縮を可能とする。
そもそも大地震等で高速道を通行禁止とする趣旨が、緊急車両の通行優先であり、各高速道路のSAやPAに至近の位置に整備された大規模避難施設は、被災状況に拠り陸の孤島と化した現地への「人・物」の輸送の中継基地としても貢献が可能となる。
 大規模避難施設の整備の位置に於いて、複数の市町村に跨るケースも考えられる。現在、南海トラフ地震等の大規模災害に対しては、国・県・市町村の各々が自らの役割として対策を連携しつつも策定している。
本稿の静岡県東部エリアでの東名高速道の近接地での大規模避難施設の設置を考えると、第一東名高速道路では、東は足柄サービスエリア(スマートインターチェンジSIC)、西は沼津インターチェンジ間となり、間には御殿場IC・駒門SIC・裾野ICが存する。足柄と沼津の距離は東名高速道路上で22.2kmであり、この間の中間辺りの駒門地区周辺に整備するとした場合、足柄からも沼津からも10km程度の直線距離となる。東名高速道路を降りてからの話となる故、走行距離はそれより長くなり、現在も駒門周辺は陸の孤島ではないものの、既存の道路付け(道路整備)の再検討は勿論必要となる。有事には高速道路上で大規模避難施設の情報を掲示し、高速道を降りて以降は案内掲示にてスムーズに避難誘導が可能となるべく、この区間の市町は協力する必要がある。区間内は小山町・御殿場市・裾野市・長泉町・沼津市の3市2町であり、大規模避難施設の整備に伴いこの5つの市町並びに県は協力して、道路整備を含めて避難や救援のより広域的な対策を練って、大規模避難施設の活用を通じて市町の枠を超えた対策の策定がより進む契機となり得る。
 更に副次的ではあるものの、避難施設として造成、平時に利用できる民間施設の整備を併せることで、造成や建築等の設備投資工事としての経済効果、施設運営に伴う雇用の発生、新たな建物建築で発生する固定資産税額の増収等の効果も予定出来る。
即ち、大規模避難施設の設置は平時利用に於いても、新たな「まち興し」に繋がる可能性をも持つものである。

【参考-車輛以外の帰宅困難者の対策の現状】

 南海トラフ地震等の巨大地震発生時の高速道路を走行車両の避難施設について本稿は記しているものであるが、それでは車両で走行中でない人たち(電車等での通勤・通学者)への対策は如何であるかを確認する。
大災害での帰宅困難者を受け入れる施設は「一時滞在施設」と定義付けられている。手持ちのデータでは全国の状況までは分からないものの、直下型大地震が危惧される首都東京の場合は次のとおりである。
2011年の東日本大震災時には「352万人」の帰宅困難者が生じており、「首都直下地震(マグニチュード7、2020年1月時点で30年以内の発生確率70%)」の際には予測データとして「453万人」の帰宅困難者が想定されている。東京都内では「必要と想定とする一次滞在施設は66万人分」であり、その71%が確保されているとされる。不足ではあるが7割強の帰宅困難者が救われると思えば、ある程度評価できる数値でもある。そもそも一時滞在施設の定義は「安全に帰宅を始めるまで」「原則として発災後3日間」滞在できる施設で、「水・食料・毛布などの備蓄」がされる施設である。しかしながら、東京商工会議所の調べでは一時滞在施設の内「37%が実際の受入れ困難」としている。その理由は、一時滞在施設の殆どが既存の民間施設(既存のビル等)であるからである。都は各種の補助を行うものの、数が増えないのは「一時滞在施設とすることに賛同が得られない」からであり、その理由は「初動対応体制が出来ない」「施設内で事故が発生したり、負傷者が出た場合の医療対応が出来ず、補償も出来ない」からである。
本来、通勤・通学途中に一時滞在施設があるならば、周知の為に公表すべきは当然であるが、23区内の960ヶ所の内で200ヶ所が公表を拒否している。公表しない理由は「状況次第で開設しない」可能性があること、一時滞在施設となる高層ビルでは「外部から多数の避難者に来て欲しくない」との本音も漏れ、民間ビル内の勤労者や顧客・テナント等が優先され、一般の帰宅困難者の受け入れに消極的な姿勢が見て取れる。何より一時滞在施設たるビル等で働く人たちが「帰宅困難者」であり、他者の受け入れに難色が出るのも当然とも言える。
これ等を取って朝日新聞は9月1日に「帰宅困難者 足りぬ行き場」と題した記事を掲載している。
それでも高速道路走行中の車両と違い、対策が実行されているだけ進んでいると言わざるを得ない。南海トラフ地震が想定どおりの規模で発生した場合、現在の全ての対策も施設も「全て足りない」と考えるべきであるが、足りないのと「考えられていない」とは大きな違いである。
本稿の大規模避難施設は、「現時点では考えられていない」ものであるが、平時利用を考えて民間活力を導入しつつ、設置時点から大規模避難施設となる前提での出資であり、平時より常に公表されるものである。ケガ人や病人が出たとしても(必ず出る)、併設を予定する医療施設や介護施設からの医師・看護師・介護員の人的スタッフを始め、医薬品や医療機器等のリソースが平時より供えられたものである。

【結び】

 残念ながら本年(令和6年)に入っても各地で地震災害が発生している。元日に発生した能登半島地震では、マグニチュード7.6、震源は地下16km、最高震度7が記録された。
内閣府の本年7月30日発表の資料では、死者299名、全壊家屋6227棟・半壊家屋20589棟であり、火災は17か所で発生している。復興は進んでいるとは言え、倒壊家屋がそのまま残る箇所も多く、隆起・陥没した道路や港湾は過度に支障が残り、現在も通行不能や使用不能となっているものがある。断水も当初136,440戸に達し、地震発生から5か月経過した5月31日まで断水が解消されない地域も存在した。
阪神淡路大震災から28年、東日本大震災から12年が経過し、国は前述のように防災対策推進基本計画を策定し、対策を真摯に練っているものの、地震自体を防ぐこと無くすことは出来ない。災害の被害を可能な限り減らす努力は続いているが、現に津波は起こり、建物は倒壊し、火災は発生し、道路は寸断され、通信手段も途絶えたのである。
人の命や財産を守り、被災した方々を速やかに援助することは10年経っても20年経っても達成されていない。残念ながら1年後・5年後・10年後に大震災が襲っても、この状況は変わらないのではないかと誰もが不安を感じているのではないであろうか。
 東名高速道路の静岡県東部地域に大規模避難施設を造ることは、南海トラフ地震の悲劇的な被害想定から考えると、最優先ではないであろう。
大災害時に全ての人を助けることは不可能である。南海トラフ地震で静岡県内の死者予想は11万人にも上るとされ、亡くなる人や負傷者、自宅を失くす人達が必ず発生し、苦しみ嘆き悲しむ人は現実として生まれるのである。死者は地震の発生場所や規模に拠って、津波被害が大きなウェートを占めたり、火災死が増えたりするものの、当然被害予想が一番大きなものから防災・減災対策を考えるべきであろう。しかし、高速道路で地震に遭遇した人たちのことを、現実に通信手段が途絶える事態が発生する最中に「車を左側に停めて、車から離れる時には鍵をつけたまま、情報を集めて慎重な行動を」としているだけでは、対策とは言えないのではなかろうか。
 本稿の大規模避難施設整備については、具現化するには課題も多い。
そもそもの整備主旨からも、現在の法の状況からも官が主導すべき課題であると思われるものの、平時利用を含めて民の参入が必要であり、費用分担についても検討が必要である。有事の際の避難施設自体の運営主体、平時の管理体制等々も決めていく必要がある。これ等の課題の検討・解決の先には、静岡県東部地域に留まらず名神・東北・北陸等の全国の高速道に近接するエリアでの整備についても、大地震等の大規模災害時の被災者・避難民の救援施設整備に繋がるものであろう。
足柄SA・海老名SA等の大きな敷地面積を持つパーキングエリアを中心に、より面積の小さい既存のSA・PAであっても有事の際の利用方法を明確化し、地震発生場所や被害状況に拠り「防災拠点自動車駐車場」と指定し「防災拠点化」となり一般の車両の駐車を制限する箇所と、指定されないSAやPAに分けられた場合は、後者は既に高速道を走行する車両の避難場所化するであろうから、本稿の別途新規整備される大規模避難施設との間の役割分担も明確にしておく必要がある。
 南海トラフ地震の発生は必ずあるものとされ、よって国民の生命と財産を守る為の施策は待った無しの状況である。南海トラフ地震の被害想定は2013年に公表され、翌年の2014年に防災対策推進基本計画が策定を経て、建物の耐震対策や沿岸地域での津波避難ビルの建設が進んでいる。本年は基本計画制定から10年が経過することから、国は被害想定の見直しを始め、新たな課題の洗い出しを進めるものとしている。
その中で、視点を変えた課題として、日本経済の大動脈たる高速道路上を走行中の車両と乗車する人達に対する対策、併せて平時の土地の有効活用についても一考して頂ければと思うものである。

(本稿は2020年1月に作成したものに加筆修正したもの)

(雀庵)